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2010/05/03

その者にとって意味のあるものとないものを分けるには、その者が置かれている現状を考えなければならない。でなければ、その者に差し出したすべてが意味のないものになる可能性がある。

・誰かの意見に反論すること。その反論は相手の意見をより凝固にし、相手により多くの支援者を集める時間を与えるのである。この意見は反論された者の行動から導き出された意見である。

・男女(カップル、夫婦)とは「1+1」ではあるが、決して「1+1=2」ではない。もし「2」が存在するとすれば、ふたりの間に産まれた子供が「2」である。しかしこの「2」は別の「1」である。

・「1」と「1」がまた別の「1」を産む。これが数十億年続いているということは、男女間の行為はほぼ「永久機関」とみていいだろう。何とかしてここから電力を生成できないだろうか。

・あなたが誰かに質問を投げかける時、相手はその質問に対しての明確な答えは持っていない。もし明確な答えが返ってきたとしても、その答えはその場で簡易的に作られたものでしかない。

・質問者が毎回まったく同じ質問をして回答者が毎回まったく同じ答えを返してくる場合、質問者は安心するかもしれないが回答者はその場で何も考えていないだろう。

・長い時間をかけて説明することを省略することは簡単に出来る。それは数学の問題と解答が説明している。「=」の後に書かれるものは「解答」ではなく問題の「省略」だからだ。

・その「省略」されたもので「解答」の「説明」を試みても、それは結局あたらしい「省略」を生み出すだけであり「解答」には永久にたどり着くことはない。とりあえず電力を生成できないだろうか。

・もしくは「省略」こそが「解答」であるならば、私たちは「解答」という言葉の使用禁止を考えるべきかもしれない。すべての問題には「正しい省略」があるだけなのだ。

・議論や論争は各人の頭の中に建てられた個人裁判所の裁判官が行っている。各裁判官は個別に六法全書を持っているが、まったく違う法律が記載されている。

・「ひとつの存在A」はただ存在しているだけでは存在を確立することはできない。「Aを模倣する存在」の出現でやっと「あるひとつの存在A」を確立することができる。

・それは消防士にとっての放水であり、芸術家にとっての作品であり、主婦(主夫)にとっての家庭であり、親にとっての子供である。それらは「ひとつの存在A」にとっての「Aを模倣する存在」である。

・猪木にとってのアゴでもあり、ショップ店員にとっての柳原可奈子でもあり、甲子園にとっての柳沢慎吾でもある。猪木にとってのアゴは間違っている。

・多くの西洋社会、欧米社会では白と黒が特別な意味を持つようだ。多くの東アジア社会では白と黒を意識することはこの上なく不毛である。意識するのは場所だけだ。特に私にとっては。

・あらゆる外国人の発言はこの国に優越感を与える。それが賞賛・賛美であろうが、批判・罵倒であろうが関係はない。ただそこで発言しているという事実だけでみんな満足してしまうのだ。

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