--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009/08/10

それが中毒性のないものだとしても。

 今までの生活で当たり前にやってきたことを「やめなさい」といわれても、きっとスムーズにはやめられない。それは単純に今までの人生から何かを「引く」ことだからだろう。貯金額が少なくなる、大切だった物を無くす、好きな人がいなくなる。

 貯金している額が少なくなったら、どうにかして元の貯金額まで戻そうとするだろう。大切なものを無くしたら、きっと一生懸命探して元あった場所に戻そうとするだろう。

 今まで何年も恋愛関係だったその人と「その人は悪い人だから付き合うのを止めなさい」と言われても、愛情や思い出まで消えてしまうようで寂しいのだ。その人は死んでしまって二度と会えないわけではなく、連絡するだけですぐ元の関係に戻れるとわかっている時などなおさらだ。

 けれど「代わりにこの人と付き合いなさい」といわれたその人がとても魅力的だったら少しは考えるのかもしれない。
 これを気付かずにやっているのが本命の恋人と別れて浮気相手と恋愛する人だと思う。俺はこれが悪いとは思わない。

 たとえば全身が頭の悪そうなタトゥーとピアスだらけで無職のくせに家事も一切手伝おうとしないで金を借りては酒とギャンブルにのめりこんだあげく気に入らないことがあると暴力を振るってくるふにゃふにゃの42歳の男性と別れて、浮気相手だったマジメな公務員なのに夜の生活はめちゃくちゃタフな男性30歳と本格的に付き合うことにした事務職の女性28歳がいたとしたら誰が彼女を非難することが出来ようか。

 「音楽なんて聴くのをやめて毎日1時間は三点倒立をしなさい」といわれてもあまり「音楽」をやめる気にはならない。「音楽はやめてテレビゲームをしなさい」だと人によっては少しは耐えられそうな気がするかもしれない。
 「ロリコンアニメを見る事をやめてアクション映画にしなさい」とか「アナログテレビをやめてデジタルフルハイビジョン対応テレビにしなさい」とか「今のガソリン車をやめてエコカーにしなさい」とか。

 人が何かをやめる時、人に何かをやめさせる時は代替となる何かが必要なのだと思う。いま当たり前にあるものを単純に引いて無くしてしまうのではなく、前のものに似ているもので、前のものよりも良いとされているものに代える。

 プラスマイナスを限りなく「0」に近づけてあげること、もしくは前よりもプラスになると思えるような代替の何かを与えることが重要なんだろうと思う。そんなことを思いながら彼とは2週間くらい会わずにいて、そんなに彼とまた会いたいとも思ってなかったはずなのに、なぜだろうアメリカンスピリット。

人気ブログランキングへ

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。