--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009/08/08

タコを食べる意味を考えていたらなぜか生きている理由が見つかった。

【誤訳御免!!】悪魔の魚と西欧で忌み嫌われるタコを外国人は食べるのか?
たこ焼きって欧米人に割と人気がありますよね。 海外の英語掲示板でも、たこ焼きが好きと言ってる人をたまに見かけます。 どうもそれが、自分の中の「タコを気持ち悪がってる欧米人」のイメージと 矛盾してしまう。何かスッキリしない。 そんな訳で、外国人が実際タコを食べてるのか、本当に嫌ってるのかを知る ために、今日はタコをテーマにしてみました。


 私は「好きな食べ物はタコです」という人に会ったこともないし見たこともない。見たら見たできっと「なんであえてタコなの?」という印象を抱くと思う。
 逆に「タコがすごく嫌い」という人にも会ったことはない。生の魚介類が苦手という人に会ったことがあるけれど、特にタコが苦手というわけではなかった。

 子供だった頃「海外ではタコは怖い生き物という印象があり、日常的に食べる国は少ない」と初めて意識したとき、そういう考えもあるのかとハッとした。
 多くの日本人はタコを食べることを恐れない。コリコリする魚介類と思っているだけだ。それは日本人にとって自然なこと。あまりに自然なことは自覚しにくい。

 私はクジラ肉を食べたことがない、とりあえず食べた記憶がない。クジラ肉についてアレコレ聞くけれど「かわいそうだから」食べないと決めているわけでもない。
 いままで私が座ってきたテーブルの上にクジラ料理が並んだ事がないだけだ。目の前にないから食べない。クジラ肉が並んでいれば食べるだろう。
 多くの日本人はテーブルの上にタコ料理が並んでいればありがたくタコを食べるし、テーブルにタコが並んでいなければ別にタコが食べないとは思わない。それだけなのだ。

 なんでもない日の夕食。不思議なタイミングでお赤飯が出てきて「なんで赤飯?」と母親に聞いてもぼんやりとしか答えてくれないとしたら、それは妹が初潮を迎えたからだ。
 私はそういう不思議なタイミングでお赤飯を食べた事はない。なぜなら不思議なタイミングでお赤飯が食卓に並んだことがないし、私には妹もいない。

 もし妹がいたら一緒にお風呂に入りたい。いや、一緒のお風呂なら姉の方がいいかもしれない。美人な姉。おっぱいとか揉みたい。なぜ私には妹も姉もいないのか。
 しかし、私はとっくの昔に女兄弟が欲しいとか言える年齢ではなくなってしまった。だからそれを血縁関係のない女性で埋め合わせようとするのだ。
 でもそんな女性と一緒にお風呂に入っておっぱいとか揉んでいるとなぜかセックスをしてしまう。少し理想と違う気がする。でもこれでいいのだ(パパ)。

 テーブルにジャガイモがあればジャガイモを食べるし、カレーを大量に作ってしまったならその日から連続でカレーライスを食べる。サラダがあれば食べる、ないなら食べない。
 スーパーで大根が安ければ大根を使った料理を食べるし、鶏のスパイシー唐揚げ弁当が美味しそうなら鶏のスパイシー唐揚げ弁当を食べる。

 タコは8本の足をウニュウニュと動かす。タコが気色の悪い動物だということを過剰に意識すれば、たしかにわざわざタコを食べたいとは思わないだろう。
 タコの刺身、たこ焼き、おでん、カルパッチョ。調理されたタコは気色の悪い動きはしていない。料理されたタコはもうタコであってタコはないのだ。
 料理されたタコはタコとしてのアイデンティティを失っている。もうそれが何者であるのかさえわからない。ただの白いコリコリとした食べものでしかない。

 私たちは料理されたタコにお金を支払う。そこにはタコの気持ち悪さにお金を支払っているという意識はまったくといってない。
 タコの赤黒い体をうにゅうにゅと動かすネガティヴなイメージではなく、コリコリした独特の歯ごたえのする白いタコというポジティヴなイメージの料理にたいして金を支払うのである。

 大きな病気をした人、あるいはしている人は健康であることは素晴らしいという。健康なうちは健康であることをたいして素晴らしいこととは意識していない。
 人が意識するのは痛くて辛くて苦しいことばかりだ。痛くて苦しいことを自覚している人はそれを取り除くために消し去るために動く。時に過剰に意識しているほど。

 人は意識しているしていないに関わらず、痛くて苦しいものを忘れさせてくれる「何か」が大好きだ。ネガティヴなものをポジティブに変えてくれるものが欲しくてたまらない。
 もしあなたが映画やドラマが好きならば、危機的(あるいは何もない)状況から最終的に幸せになる(何かを得る)主人公の物語だから好きなのだ。

 学生は学校生活で少々のネガティヴな感情を抱えたとしても学び続ける。学ぶことによって将来的にポジティヴな存在になりたいと思っているからだ。
 つらくてネガティヴな労働も、楽しくて嬉しいポジティブなものと交換できるお金が手に入るからこそ働く。働いた分以上のお金が欲しいといつも思っているにしても。
 世界は人間のその気持ちをうまく利用して動いている。ネガティヴなものをポジティブにしてやると人間は楽しくなって嬉しがるのである。

 時々「お金のために生きているわけじゃない」という言葉を聞く。それは普段まったく聞かないわけではないけれど、青臭さ、あるいはインチキの臭いがプンプンする。
 しかし、本当に「お金のために生きているわけじゃない」のだろう。本能が「ネガティヴなものをポジティヴなものに交換したい」のだろう。
 ネガティヴなものはいつかポジティヴなものにならないと困ってしまう。ネガティヴで1000万円稼いだら、1000万円分の価値があるポジティヴが手に入らないと困ってしまう。

 あなたは今の暮らしをどう考えているだろう。楽しいことしかないと思っているだろうか。お金はいつも不足していて苦しい方が多いと思っているだろうか。

 もし本当に辛くて苦しいことばかりなら、さっさと死んでしまえばいいのだ。しかし、あなたも私も生きている。どうして私たちは生きているのか。

きっとネガティヴなものをポジティヴなものに交換してくれる場所が見つからず、迷いながら生きているのだろう。
 もしも今のあなたがネガティヴな存在だと自覚しているなら、それはいつかはポジティヴに引き換える事のできる貯金をしていると考えればいいのかもしれない。

 ただ、むやみやたら「ポジティヴ、ポジティヴ」と唱えている人間とは適切な距離をとるべきだ。そんな考え方の人間は気味が悪い。そんなヤツはネガティヴ過ぎる。



▼今日のあとがき

 なげぇよ。

 長いからあとがきです。なんかアレな感じになりましたけど、その時はそれなりの考えな気がしたんですよ、それなりな。許してくださいよ。あと後半ほとんどタコ関係ない。

 あのー、昔ね、近所にやたらと大粒のタコ焼きを出してくれたタコ焼き店があったんですよ。何年か前にその店がなくなっちゃって、それからどんなタコ焼きを食べても「あの大粒のタコ焼きはもう食べられないのかなぁ」とさびしくなったりする。今思うとその店は大雑把な味だったし高かった気もするんだけど、一箱で腹いっぱいになれたから好きだったんですよね。結局は腹がいっぱいになればいいんですよ、俺は。

人気ブログランキングへ

コメント

非公開コメント

No title

ta3jpnさん、こんにちは。
とても哲学的な文章に圧倒されました。
タコは大好きです。(特にタコ焼き)
『ネガティヴなものをポジティヴなものに交換してくれる場所が見つからず、
迷いながら生きているのだろう。』
心にグサッと刺さりました。
まさに今の自分です。

Re: No title

裏店長さんどうも。タコ焼きはとても美味しいです。心にグサッと刺せたことをうれしく思います。

ネガティヴをあまりにもはやく完済できる場所を見つけると、その後やることがなくなってしまうのかもしれません。そう考えると迷う事も悪くないかもしれません。もしくは新しいネガティヴを見つける必要があると思うのです。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。