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2008/11/02

彼らは徐々にゆっくりと来るべきである。

 コーヒーや紅茶を飲んでいると尿意が急にくる事がある。しかもガツンとくる。ふと気が付くと尿意がすでにMAXになっているのである。

MAXに元メンバーのMINAが復帰し、6年ぶりにオリジナル・メンバーで再始動することが決定 - bounce.com [ニュース]

 あれはおかしい。尿意や便意は徐々に来るべきだ。最低限の自己主張をしながらも、ゆっくりとゆっくりとやって来るべきだ。そう来てもらわなければ困る。これは、本当に困るのだ。

 しかし彼らは急にやってくる。あらゆる行動を後回しにしてトイレに行けと迫る。体は彼らからのメーデーを容易に受け入れ、思考活動は停止させられ、体そのものがストライキを起こす。もっと正確にいえばトイレの事しか考えられない、トイレにしか行けなくなるのである。しかし、それは大人であれば脳に組み込まれた正常な思考であろう。私の両親が幼児期の私に対して行った「おトイレトレーニング」の成果でもある。まるでソ連の生理学者イワン・パブロフの鳴らす鐘によだれをダラダラ垂らす犬になった気分になるが、これはもうどうしようもない。好きな時、好きな場所で、好きなだけ排便活動できるような人間社会はいまだ出来上がってはいない。いや、むしろ排除したというべきだ。

 なので、この社会にうまく適応するには尿意・便意は徐々にゆっくりと来てもらい、トイレの位置を確保する余裕を与えてもらわなくては困るのだ。しかし彼らは気が付いた時にはすぐ隣にいる。足音も気配もさせずにやってくるのだ。どうしてわざわざ自分を追い詰めるようなことを体はするのだろうか。

 ケツ毛。こいつも明らかにおかしい。髪の毛に何かゴミがついたら取るのに苦労する。すこしでも粘着質のものであればなおさら取り除きにくいはずだ。自分だけではどう頑張っても見えない場所、いわゆるケツの穴から「イチゴちゃん」が出てくるわけだが(私はアイドルなので「イチゴちゃん」が出てくる)、もしまわりに生えたケツ毛(「葉っぱ」とも呼ばれる)にこびりついてちゃんとキレイになっていなかったらどうしようかと拭いても拭いても心配で夜も寝れないのである。

 もう誰に文句をいえばいいのかわからない。もしも神が人間をつくったという説を信じるのであれば、私は神に対して文句をいいたい。私は世界から戦争をなくせとか、貧困や差別を無くせといっているわけではない。もちろんそれらは無くす価値のあるものであると思うが、最低でも「これ以上はケツ毛を生やさないようにして欲しい」程度のことは神には聞き入れてもらわなくてはならない。

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