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2013/04/28

批判してきたもの、しているもの、していくもの。

00年代前半は「創価学会」に対する批判が多かった気がする。とにかくやたらと目についた。
00年代後半は「既存メディア(新聞、テレビなど)」に対する批判が多かった気がする。そういう空気があった(というか今もある)。

で、
10年代前半の今は「韓国」に対する批判がかなり多くなった。以前から細々としたものはあったけれど、なんだかんだで現在は圧倒的だと思う。

その一方で最近は「創価学会」への批判はかなり下火になった。完全に消滅したわけでもないものの、ざーっとネットを見渡しても確実に以前より見なくなった。
みんな飽きてしまったのか、ただの流行りだったのか。それともあの人たちのほとんどが「韓国批判」に流れたのか。

「既存メディア」を批判していた人たち(今もだけど)はネットの強みである即時性、発信性、なんでもあり性あたりを後ろ盾にして「既存メディア」の遅さや規制だらけの面白味のなさなんかを批判したのは間違いないと思う。

00年代前半は「望まない他文化への批判」、
00年代後半は「今までの自文化への批判」、
10年代前半は「望まない他文化への批判」と考えると、数年後の
10年代後半は「今までの自文化への批判」という順番になりそうなので

まあ、ここからは予想なんですけども、

10年代後半は「ネット」そのものに対する批判を多く目にするようになるんじゃないかなーって気がする。「自分たちで自分たちを批判する」というめんどくさい感じになりそうだけれど、ネットに期待しすぎた分その反動でそういうことになるんじゃないかと。

まあ、そんな気がするだけだけど。



創価学会 - Wikipedia
ノイジー・マイノリティ - Wikipedia
マスメディア - Wikipedia

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