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2013/01/30

大人のためのゲームはやはりギャンブルなのだろうか。

 どうして大人になるとゲームがつまらなくなるのだろう。すぐに見つかる理由は「時間の無駄だから」、「やりたくもない作業を何度も何度も繰り返しているのにお金が一銭ももらえない」からだろうか。明らかにその周辺に理由は存在するのだろう。

 大人になるとやりたくもない作業でも「これはお金のためにやっていることだから」と仕事として割り切ることができる、気を紛らわせることが出来る。普通の感覚ならゲームをやっていても「経験値や意味の分からない勲章などいらないから金をくれ」というのが素直な感想だろう。「じゃあこのハイスコアの分だけこの口座に振り込んでくれ」、「税金とかそういうのはそっちでやっておいてくれ」。ゲーム世界は現実世界の衣食住の重要っぷりに勝てない(ゲーム廃人と呼ばれない限り)。

 ゲーム内の自由度が高くなればなるほど現実世界で得られるものは少ない。オンラインゲーム内のやり取りで金を稼ぐ中国人たちの方がよっぽどまともな精神をしている(気がしてくる)。スポンサー企業を背負ってゲームをプレイするような極少数のカリスマゲーマーでもない限り、一般的に「プロゲーマー」を名乗るには中国の奥地に暮らし、怪しい(たぶん丸いサングラスをかけてナマズのような長いヒゲを生やした)中国人を探さなくてはならない。

 オンライン対戦やランキングが当たり前になり、そこには日本中どころか世界中の猛者どもがわらわらといる。熟練した相手に勝てない、ランキングの上位に入れない。ストレスを解消するために始めたゲームのはずが、なぜかストレスが溜まっていく。それでもトッププレイヤー達に勝ちたい、ランキングの上位に入りたいと向上心を抱くものの、その向上心も次第にきれいさっぱり消えていく。

 そして自分を見つめる。「自分は世界から見ればただの点でしかない、無数に存在するゴミのようなユーザーのひとりにすぎない。とてもとてもちっぽけな存在なのだ。このバーチャルなゲームの世界の中でさえ」と軽く悟りを開きかけてしまう。オープンザサトリ、開け胡麻。ハッキリと見てしまったもの、感じてしまったものを無かったことにはできない。頭の中から消し去れない。小学校や中学校で勉強の出来ない子が、スポーツの出来ない子が、その世界で落ちこぼれだと気が付いてしまった時に「じゃあ、進学校に行こう」、「よし、強豪校に行こう」とは望まなくなる。身の丈にあった場所へ落ち着こうとする。そしてゲーム世界からひとり減り、ふたり減り。そして数年後、誰もいなくなった時にサーバはひっそりと閉じられる。

 GREEやモバゲなどのスマホゲームは「ゲーム内の強さや時間を金で買ってゲームを有利に、快適に進める」ことが出来る。そういう意味でスマホゲーム(あるいはブラウザゲームなど)の課金ユーザーはとても賢い。それは現実の世界とほぼ同じだからだ。移動時間を快適に短縮するために歩きではなく車を使い、国道ではなく高速道路を使い、電車どころか新幹線を使う。ヨットで太平洋を横断する数週間、大陸を歩いて移動する数か月を飛行機を使い数時間に短縮する。なんなら自家用ジェットで地球を飛び回る。すべては時間を快適に短縮するためだ。そのため現実世界は「お金」と「仕事」が密接に関わっている。

 大人にゲームをさせるにはどうすればいいのか。それはもうやっぱりギャンブルしか思いつかない。ゲームは将来カジノのようなものに形を変えるのはほぼ既定路線なのだろう。人気ゲームや人気アニメがどんどんパチンコになっているのだから既にとっくの昔に始まっているとも言える。「東京にカジノを」みたいな話があったが、規模はもっと大きくなる気がする。

・・・

◆米ゲームに“ギャンブル”の波:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/feature/post_21671/

◆ギャンブル化「公認」へ向かう米国のオンライン・ゲーム « WIRED.jp
http://wired.jp/2012/05/18/japan-poised-to-limit-chance-based-collecting-in-social-games/

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