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2012/01/24

「目的なき文句」を言うことは「精神的なケチ」である。

よく「目的なき文句」を言っている人は「精神的なケチ」なのだろうと思っている。「目的なき文句」って何?と自分でも思うので説明すると、たとえば女優さんがセミヌード写真集を出したとする。その写真集の広告・宣伝が目につくようになる。それにたいして「別に見たくない」や「買わねー」など、まるでため息をつくように吐かれた意味のない文句が「目的なき文句」である。である、とか言われても困るだろうだけど。
 じゃあそれはわかったけど「精神的なケチ」って何?ということになるだろう。まずケチとは「『安物買いの銭失い』をくり返している人」だと俺は考えている。これは「くり返す」という所が重要で、その人はその失敗から何も学ばない。あと3000円出せば長く使えるしっかりとした良いものが買えるというのに、その3000円を惜しんですぐ壊れてしまう中途半端な安物ばかりを何度も何度もくり返し買うことが俺の考える「ケチ」である(俺は金をまったく出さない人というのは、もっと、なんというか、ケチとは別の次元の住人じゃないかと思っている)。
 そもそも同じ行動をくり返してしまうということは、そこには間違いなく快感があるはずである。「安くていいものを買う」ことは資本主義社会の作り出した快感なのだ。「1の資本で10の価値があるものを手に入れる」ことは「10の資本で10の価値があるものを手に入れる」よりも10倍以上のギャンブル性を内在している。単純に考えても10回中1回当たればまともな方だ。中国が世界にばらまけるアヘンの代用品、歴史的な大いなる発明、合法麻薬である。人は快感を覚えると何度もその快感をくり返す。「人間はサルから進化した」ということを証明するには十分すぎる現象だ。私たちは山に住むサルよりも賢いが、結局はサルなのだ。
 「ケチ」はこの「安くて良いものを買う」という快感を追い求めるあまり、なんと「安くて悪いもの」すらよろこんで買ってしまう。快楽の引き金が「良いもの」ではなく「安い」に固定されたのであろう。すべての安いものがすぐに壊れてしまう不出来なものとまでは言わないが、安ければ安いほどそれが「不出来なもの」であるリスクの確立は高くなり、そして無駄に金銭を失っていく。
 「目的なき文句」を言う「精神的なケチ」な人は、究極に安く(というかタダで)カンタンに文句を言うことによって何かしらの価値を得ようとしているのかもしれないが、赤の他人であるこちらが「不安」に感じるほどそれは「失っている」のである。もし精神の資本は0であると考えても、やはり「目的なき文句」を発言することはマイナス1の価値になっている。その価値を「時間」などに置きかえてみるとわかりやすい。0の資本で何かしらの価値を得ようとすることは思っているほど不可能に近いのだ。
 なのでもっと「セミヌードじゃなくて乳首が見たいんだ!乳首が見たい!」と「目的ある文句」を言うべきなのだ。「ビーチクのないヌードはヌードとは言わないんだよ!ああぁ、乳首が見たいなぁ。乳首さえ見れたら死んでもいい。いや、まてよ……やっぱり乳首ごときで死ぬのはイヤだなぁ。でもなぁ、やっぱり乳首は見たいよなぁ。乳首が大事なんだよ、ホント乳首のないおっぱいはラクダのコブと変わらないんだ。ラクダのコブを見ていてもさ、結局はノーフューチャーじゃないか。でも、もしラクダのコブの上に乳首がついてたとしたらどうだ?乳首 on the コブってことだよ。ほら、そこにはやっぱりブラジャーをつけなきゃいけないと思うだろ?だってコブに乳首のあるラクダって卑猥じゃないか。やっぱり卑猥なものが見たいんだよ俺は。ああ、卑猥なものが見たい。卑猥なものが見たいよ」など、本当はどうしてほしいのか、自分の理想とは何なのかを明確に言った方が良いと思っている。

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