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2011/04/09

神田うの・死者数で賭け・自分とは関係ないもん・その価値観

ニュース30over : 嘘つきでした 神田うの、ブログで阪神大震災死者人数賭けを全否定も証拠画像が見つかる - ライブドアブログ
http://www.news30over.com/archives/2876396.html

その賭けをした後に罪の意識で寄付をした、ってあたりでギリギリセーフになっているような、なっていないような。俺の中で「ミス(ミセス)・どうでもいい芸能人」にエントリーさえもされなくなってきていたので、今回のこれで再浮上してきたのがすごい。しぶとい。逆に見習いたい(反面教師として)。

「自分とは関係ないもんって冷めた目でニュースを見ていた」ってのは、誤解を恐れずに言えば「理解」できてしまう。当時の神田うのさんにとって神戸で震災にあった人が「爆破テロに巻き込まれた中東の人」くらいにしか思えなかったんだろう。懐かしいところで『YouTube - THE YELLOW MONKEY Jam』の歌詞の「日本人」が「友人」にスケールダウンしたくらいの感情だったのかもしれない。とかいって、さすがに賭けをしたことを擁護するつもりはないけれど。

あと、90年代の雑誌だからかどうかわからないけれど、90年代とかまでは「どれだけエグいことをしたことがあるか」でその人の「強さ」を決めるという価値観があった気がする。エグければエグいほど「スゴい」とか「面白い」みたいな価値観。変なところでは「精神が狂っている」方が「リアリティがある」みたいな、そういう空気がどこかに存在していた。

00年代以降はそんな価値観はどんどん浄化され、とにかく清潔なら清潔なほど「素晴らしい」という価値観を優先しているような気がする。「エグさのはけ口」にしていたエロ漫画まで勢いあまって清潔にしようとしたら賛否両論うずまいちゃった、ということがあの一連の騒ぎだった気がする。

じゃあ00年代以降の価値観しか知らないはずの現在の10代の人たちが清潔なものだけを「いい」と思っているかといわれると、そんなわけがない。携帯小説のレイプも「リアリティがある」と思うらしいから、今も昔も変わらずに「表現としてのエグさ」を求める人の比率は高い。人は「血」が流れているとイヤでも興味をもってしまう(システムとしては完全に時代遅れなはずの2ch人気が衰えないのは所々で血が流れているからかもしれない)。

ポップな所だと浮世絵の時代にもタコに女性がレイプされている場面を見て「リアリティがある」と思っていた、わけないだろうけれど「こういう変態プレイもなくはない」と(少なからず一部の人は)思っていたわけで、人間は「あってはならないこと」を見たり聞いたり考えたりするのが本能的に好きなんだと思う。これは国や文化を問わない。

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