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2010/06/22

女優達の「おもてなしの心」

おお、女の下に隠された虎の心! ―ウィリアム・シェイクスピア


胸が大きい女性を恋人や妻に、あるいはセックスパートナーとしている男性には性的行為の「おまけ」がプレゼントされている。私は女性ではないので想像するしかないけれど、パイズリをしている(もしくはされている)女性に性的な快感は皆無にちがいない。女性の胸の間にモノを挟み、男性が寄せては返す波のように腰を動かす。その時に女性が感じることといえば両手で自分の胸を寄せ、「この男はバカではなかろうか」とぼんやりその様子を眺めるくらいしかすることはないだろう。

しかし女優という職業を選んだ女性達のなかには、その行為の最中に感情を込めた喘ぎ声をあげる者がいる。まるで左右の乳房の真ん中に性感帯があるのではないかというほどに。しかし、それは当たり前だが、そんなものはない。あれほどあからさまな演技はないだろう。男がそれらの映像を見なければならない時というのは、いくらか冷静さを失い、いくらか情熱的になっているとはいえ、その奇妙な光景が見えぬほど盲目の闇の中をさまよっているわけではない。しかし、その女優の胸の奥に隠された「おもてなしの心」という小さな光に触れ、男は鮮やかに視力を取り戻すのである。そしてそこで感極まり、溜まり泣いて(*1)しまうことさえあるのである。

女優の「あからさまな過剰演技」、それは女優から見えざる敵と孤独にもこっそり戦う男達へ送られた「行為の贈り物」なのである。数百年、いや、数千年以上も続いていた今からは想像もつかぬほどの男尊女卑社会の中で、女性が女性らしく生きるためにあみ出した大いなる知恵。それが男性への「行為の贈り物」なのだろう。「女にもてなされてしまった男」はすべてのバカげた権力を失い、限りなく赤子に近いほぼ無力の存在となる。そこで男達の心を操ることによってすべての女優達、いや、すべての女性達は今も男達の目標、目的としてこの世界に君臨し続けているのである。


*1 溜まり泣く
溜まっているものが溢れ出して白く泣いているように見える様

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